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おめでとうございます!
秋の叙勲で瑞宝単光章に輝いた
小田原乳児園 保育士 吉田 えみ子 さんにお話をききました。
2017年12月13日 法人本部 (大水)

平成29年11月3日(文化の日)に、秋の叙勲の受章者が発表され、小田原乳児園の吉田えみ子さんが、瑞宝単光章の栄誉に輝きました。
吉田えみ子さんは、昭和50年に小田原乳児園に就職してから、今日まで42年間乳児保育に専念し、子どもたちの保育に携わると共に、後進の若い保育士の育成に務めてこられました。乳幼児保育分野における長年の献身的な貢献が高く評価されて、このたびの受章となりました。
今回は、吉田えみ子保育士にこれまでの小田原乳児園保育者としての思い出についてお話しを伺いました。


瑞宝単光章(ずいほうたんこうしょう)

日本の勲章の一つで、瑞宝章6つのなかで6番目に位置します。平成148月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、それまでの勲六等瑞宝章から名称が変更されました。翌平成155月の閣議決定「勲章の授与基準」によると、公共的な職務の複雑度、困難度、責任の程度などを評価し、職務をはたし成績をあげた人に対して、瑞宝単光章以上を授与するとなっています。


Q1.吉田先生、このたびの叙勲、誠におめでとうございます。先生がお若いころは、まだまだ乳児保育の方法が定まらず、試行錯誤の時代だったと聞いています。当時の園長や仲間の保育士と共に保育内容の確立のために研究し、現在の小田原乳児園の保育を作り上げられたことについて、お話しいただけますか。


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A 1.   まず近隣の方々に乳児保育というものを理解していただくために、いろいろなことをしましたね。当時は今とは違い、「こんな小さい子を預けるなんてかわいそう」と見る風潮が世間にまだありました。ですから小田原乳児園を理解してもらうために、地域の方をお招きして、子どもたちと触れ合っていただいて、「こんなお部屋でやっているのね、こんなふうにやっているのね」と園を理解していただくように努力しました。今でも年に一回「祖父母の会」を行っていますが、これもおじいさま・おばあさまに心配なくお預けいただけるようにという思いから始まり、今も続いています。「あら、こんな環境で子どもたちを見てもらえるなら幸せね」「清潔感がありますね」と言っていただけるととても嬉しかったですよ。宝安寺への信頼があり、近所の方によくお子さんを通園させていただいていましたが、近所の方だとご挨拶や普段のお付き合いから感じていただくことが大切で、今でも愛児園・乳児園の保育士は近隣への挨拶やマナーに気を付けています。お散歩にでるときには、「保育士さんも身ぎれいにきれいにしてね」と望月光園長によく言われました。
それから「乳児保育の中でも『教育』が大事ですよ」ということを常に言われて育ちましたので、「きちんとした清潔な環境で」、「お子さんへの促し一つ一つに伴う「意図」を意識して」、「なんとなくではなく、意識的にお子さんと関わるように」ということを教えられました。園内の教育も活発に行われ、園内研修から園内公開保育(!)までありました。自分の園を信頼できましたから、自分の子どもを愛児園・乳児園に預けるときも安心していました。



Q2.  大変だったこと・楽しかったことは?

A3.今回の叙勲については、私がいただいたとはいえ、歴代の園長先生や先輩保育士の皆さん、同僚の皆さんと一緒にいただいた皆の功績への評価であり、小田原乳児園の職員全員で築いてきた保育の連綿とした歴史があっての受勲と思っています。
乳児園に勤務することによって、私が教わったのは「社会人である女性」としての生き方であると思います。結婚し、子育て、家庭と仕事を両立しながら働いてきましたが、「家庭をもって働く女性」としていかにあるべきかという教育を受けたという思いがあります。また乳児を預かる女性として、どのような人であるべきかということを教わった気がします。




Q3.吉田先生といえば「子育てオアシス」。「子育てオアシス」という地域でも人気の子育て支援スペースを運営してこられた思い出について、お話しいただけますか。


A3. 昔は、家庭で子育てに悩んでいるお母さんが外からそっと覗いていたり、園に「ご飯をたべないので悩んでしまって」というお電話がかかるということがありました。そういったお母さんにはお声掛けして、親子で1歳児クラスに入ってもらって、たくさん遊んだあと、一緒に給食を食べました。「たくさん遊ぶと食べれるんですね」と安心して帰られたのを覚えています。こういったことが現在乳児園が行っている一日保育体験(未入園の親子がクラスに参加して乳児園の生活を体験する)の先駆けだと思います。まだ一時保育の制度はなかったけれど、第二子が生まれるというので頼まれて近所の方子さんをお預かりしたり、何組かの親子で集まってお遊び会をしたり。まだ制度としてはなかったのですが、れんげ組やオアシスの始まりでした。もう20年以上になりますね。地域のお子さんたちのお遊び会をやったのも覚えています。あの頃は制度もなにもなく、全部自分たちでやって自分たちで考えてやったのが楽しかったですね。そのころ、オアシス参加親子が60組以上にもなったので、2組に分けて、週に2回オアシスをやっていた時期もありました。今では子育てオアシスに民生委員さんや児童委員さんが交代できてくれています。園の近隣の地域が子育てしやすい地域になるように、少しでも連携していければと思います。


いつも優しい笑顔で愛情いっぱいの吉田先生、
今も小田原乳児園の後輩保育士に、経験に基づいた貴重な保育指導を行ってくださっています。
これからもいつまでもお元気で、ご活躍ください。